
宮里春奈DXからSXへ。 地元に貢献するブルーカーボン・クレジット認証取得への道
宮里 春奈:2018年沖縄高専(専攻科)卒業後、エネルギー関連事業会社に入社。2023年にTOPPANデジタルに転職。うるま市を拠点とする次世代DX開発拠点「ICT KŌBŌ®︎ URUMA」において、モズク養殖の効率化に向けた漁業DXソリューション企画に携わった後、モズクのCO2吸収能に着目したブルーカーボン・クレジット創出に挑戦。DXからSXへの展開を目指す。

地元・沖縄で育んだ感性と経験
世界遺産の勝連城跡や全長約5kmの海中道路など、見どころにあふれた沖縄県うるま市。このまちの一角に、宮里が働く次世代DX開発拠点「ICT KŌBŌ®︎ URUMA」があります。
沖縄で生まれ育った宮里は、豊かな自然に彩られながら読書に夢中な幼少期を過ごしました。
「特に好きなのは詩の世界。言葉に込められた意図や想い、一篇の詩から広がる光景を想像するのが楽しくて、ワクワクしながら図書館で本を選んでいました。お気に入りの詩は、長田弘さんの詩集『世界はうつくしいと』に収められた“グレン・グールドの9分32秒”。 私の感性を刺激する特別な作品です。仕事で多忙になりがちな今でも『感性が鈍っているな』と感じたときには書店に足を運び、面白そうな一冊を見つけるようにしています。」(宮里、以下同様)
沖縄高専時代には海洋生物の研究を行い、沖縄の豊かな⽣物資源を活かした研究成果が国際誌に掲載された実績もあります。
「専攻科では⽣物資源⼯学を学び、研究成果が国際誌に掲載されました。これは、沖縄の海に生息する骨格の無いサンゴであるソフトコーラルから抽出された成分が、ヒト⼤腸がん細胞において抗がん作用を示すメカニズムを明らかにしたものです。過去の研究をもとに仮説を立てて実験・検証するという論文作成の流れは、ビジネスのサイクルに似た部分があり、TOPPANデジタルで働く今にも活きています。論文の掲載までには厳しい査読コメントを受けるなど苦労した思い出もありますが、そうした経験が不確実性の高いことに対しても躊躇なくトライできる姿勢を培うトレーニングになりました。」
卒業後、エネルギー関連事業会社に就職。そこでの環境関連の業務のほか、データ分析業務経験を活かすとともに、地元に貢献したい想いを叶えるための転職先として選んだのが、『DXで社会課題を解決する』をミッションに掲げるTOPPANデジタルでした。その次世代DX開発拠点の一つとして設置されたサテライトオフィス、「ICT KŌBŌ®︎ URUMA」が宮里の新たな挑戦の場となりました。


何度も現場へ足を運び相互の理解と交流を促進
当時、「ICT KŌBŌ®︎ URUMA」が取り組み始めていたのが、モズク養殖の漁業DXの推進。宮⾥も⼊社当初からこの漁業DXに携わり、データ分析などに従事し、漁協や漁師との対話を重ねながら新たな価値創出に取り組みました。
「うるま市の勝連漁業協同組合(以下、勝連漁協)は全国一のモズク生産量を誇ります。しかし近年は少子高齢化の影響で、人手不足や後継者不足が深刻化しています。そうした課題に対するソリューション提供という視点から、漁業DXの取り組みはスタートしました。」
関係者へのヒアリングをもとに進められたのが、収穫したモズクの成熟度をAIシステムで分析する『品質判定AIアプリ』、モズクの重量管理を電子化する『重量管理アプリ』、そしてモズクの生産工程を見える化する『生育メモアプリ』という3つのアプリの開発。これまで担当者の目利きや手書き伝票に頼っていた部分をアプリに担わせることで、作業の省力化や品質管理を支援する試みです。
「開発に向けて勝連漁協や漁師の皆さまとも対話を重ねてきましたが、当初は受け止め方も様々でした。特にご年配の方はアプリやタブレット機器への抵抗感も強かったのですが、私もメンバーも水揚げシーズンには毎日のように現場へ伺い、アプリのメリットをお伝えしたり、機器の使い方に慣れて有用性を感じていただくことで、『もう紙には戻れないね』といった嬉しい声をいただけるようになりました。品質判定についても『AIが目利きなんてできない』という先入観を持つ方は少なくなかったですが、対話や実証実験を通してポジティブな声も増え、実用化への期待も高まっています。」
そうしてメンバー全員が一体となって進め、関係者の理解も深めてきたプロジェクトですが、新たな危機に直面します。
「漁業DXを事業として継続していくためには、収益性は無視できない問題。様々なマネタイズを模索したのですが、結果として『漁業DXだけでは事業として自走することが難しい』という結論に至り、今後どうするかという岐路に立たされました。」


モズクの生態を通して見えたSXへの展開
新しい切り口で収益の柱を立てられないか──。その突破口は、モズクの生態にありました。
「どうすれば上手くいくだろうかと常々考えるうち、ふとモズクも光合成をすることを思い出し、『漁業DXでモズクの生産量がアップすればCO2吸収量も増える可能性がある』という着想を得ました。」
その方向性を探るうち、『ブルーカーボン・クレジット制度(Jブルークレジット®)』という海藻類のCO2の吸収量をクレジットとして認証する制度の存在を知った宮里。認証を取得して新たな収益の柱としていく、DXからSXへの展開に向けて動き出しました。
「モズクについてはブルーカーボン・クレジット創出の前例が無く、CO2吸収量試算に必要なデータも乏しいため、数値の収集には非常に苦労しました。何度も壁にぶつかりましたが、専門家に助言を求めたり、シンポジウムに参加して情報を集めたりと、『絶対に成功させたい』という想いで乗り越え、2025年1月に晴れて認証取得の運びとなりました。」
「ICT KŌBŌ®︎ URUMA」のメンバーが地元のイベントなどに積極的に参加し、地域の人々と信頼関係を築けたことが、認証取得の大きな要因だと宮里は感じています。
「この取り組みは、地域の皆さまや行政のご協力無しには成り立たないもの。これまで培ってきた信頼があったからこそ、ブルーカーボン・クレジット認証取得の提案も快く受け入れてくださいました。無事に認証を取得できたことをお伝えした際には、『困難を乗り越えながら進めてくれてありがとう』というお言葉をいただき、皆さんに喜んでいただけたことが何よりの励みでした。」

歩んできた道のりのすべてに意味がある
自身が経験してきたことすべてが今につながっている。そう、宮里は話します。
「高専で海洋生物を学んだバックグラウンドがなければ、モズクの品種判定の知見には活かせなかったでしょう。また、エネルギー関連事業会社で環境系の仕事に携わった経験がなければ、ブルーカーボンに着目することも無かったかもしれません。一見、関連性が薄いように見えるこれまでの道のりも、一つひとつがつながり、今の自分を成していると実感しています。」
ブルーカーボン・クレジット認証取得を実現したことで、DXからSXへの展開にも大きな手応えを感じています。
「まずは今、目の前にある漁業DX、SXを軌道に乗せることに注力したいです。そしてゆくゆくは今の取り組みを他の地域、他の業界にも広げていければ、社会にも環境にもより良い貢献ができるはずです!」
地元・沖縄を想う⼼を原動⼒に、⾝につけてきた知⾒とデータサイエンスの⼒を強みに、メンバーと⼀体となって地域課題解決を目指したソリューション提案に取り組み続ける宮⾥。その挑戦が、未来を切り拓いています。
※2025年1月公開。所属等は取材当時のものです。