山中 寛太:2018年、青山学院大学教育人間科学部を卒業後、凸版印刷(当時)に入社。本社 経営企画本部のデジタルビジネスセンターに配属され、全社DX化に向けたビジネス創出及び推進に従事。2020年4月より、DXデザイン事業部 技術戦略センターの創設に伴い異動。量子技術を活用した事業機会の探索及び量子技術を悪用された場合の対策を目的に、研究開発/事業開発を開始。特に量子セキュリティや量子機械学習に関するテーマを担当。IBM Certified Quantum Computation using Qiskit v2.X Developer - Associateの資格を有し、量子コンピューティングExpoなどのセミナーで登壇。

写真:記者の取材に答える山中 寛太①
写真:チームのメンバーと打ち合わせをする山中 寛太

サッカーで培った「支える力」で新分野を開拓

今、IT領域の最先端でもっともホットなトピックのひとつが量子コンピューティング。これに関する研究開発をTOPPANでも手掛けています。その最前線で活躍する一人が技術戦略センター 量子技術戦略部の山中です。

「学生時代は完全に文系だった自分が、量子コンピュータの仕事に関わるなんて、想像もしていませんでした。」(山中、以下同様)

そう話す山中は小学1年生から高校3年までサッカーを続けていました。ポジションは自ら点を取りに行くのではなく、チームの下支えとして貢献するディフェンダー。そうした役割を長く続けてきたことは、現在の自分のパーソナリティに影響しているとのこと。

「新しい研究で会社の未来に貢献する、いわば組織の下支えをしているわけで、そうした役割は自分に向いていると考えています。」

学生時代、美術館でのアルバイトを通じて、アートや文化財の素晴らしさをいつでも味わえる図録に惹かれたことから、印刷とは人と感動をつなぐ仕事だと知った山中は、大学を卒業後、凸版印刷(当時)に入社します。デジタルシフトを進めようとしていた会社の方針に共感し、そこに携わりたいと自ら志望してデジタルビジネスセンター(当時)に所属し、技術企画部で新規技術の探索や社内DXの推進に活躍。DX 事業の拡大と新規事業の創出を目的とした試作・実験の拠点「TOPPAN DIGITAL SANDBOX®」の初期構想や、生活者が自らの個人情報を管理できるVRM(ベンダー・リレーションシップ・マネジメント)基盤となる個人情報保護・認証機能サービス「My Anchor®」の企画・構想に携わるなど、経験を積んできました。

量子コンピューティングEXPO
PQCを実装したICカード「PQC CARD®」

“偶然のきっかけ”から始まった量子技術への挑戦

そんな山中が量子コンピュータに関わるようになったきっかけは、当時の上司からの思いがけないオーダーだったと言います。

「2020年10月に開催された『第1回量子コンピューティングEXPO』にTOPPANとして出展することになり、そのコンテンツを考えるというチャレンジングなミッションを与えられました。」と笑う山中ですが、それまでのDX推進での実績があったからこそ、難題を託されたといえるでしょう。当初は偶然のきっかけでしたが、本格的に量子技術に携わることになり、コンテンツを考えるために社内外の人にヒアリングを重ねていった中に、国立研究開発法人情報通信研究機構(以下、NICT)がありました。

「当時、NICTが量子技術を活用して、盗聴を100%検知できる通信技術を開発されていたのですが、その社会実装に課題をお持ちだったのです。」

その課題とは、盗聴は防げてもデータ通信や保管を行う『人』の認証をどうするのか。山中らはTOPPANが保有していたICカードを用いた個人認証技術を組み合わせることを提案。良好な感触を得たので、その研究開発を進めていくという内容の展示をしました。

「それ以来、年に1度、そのイベントには出展を続け、近年は講演もしています。」

量子技術の探索と並行してプログラミングを自学自習するなど、知識とスキルを身につけるべく努力を重ねた山中は、量子コンピュータ上でプログラムを開発するスキルを認定する国際的な認定である「IBM Certified Quantum Computation using Qiskit v2.X Developer - Associate」に一発合格を果たすなど、量子技術に関してはTOPPAN内でも屈指のスペシャリストに成長していきます。

量子コンピュータによる既存暗号の危殆化(きたいか)
ハイブリッド証明書「SecureBridge™」の特長

ポスト量子暗号時代への橋渡しを担う
「SecureBridge™」

2020年、新たに創設されたDXデザイン事業部 技術戦略センターに異動することになった山中は引き続き量子技術、特にセキュリティ関連の研究開発を進めることになりました。現在、世界的に利活用されている暗号技術は、量子コンピュータが実用化・普及すると役に立たなくなる可能性があります。現在の暗号技術は従来のコンピュータでは解くのが困難な数学的問題に基づいていますが、量子コンピュータはそうした問題を圧倒的短時間で解くことができるからです。

これに対策するために開発・標準化が進められているのがPQC(Post-Quantum Cryptography:耐量子計算機暗号)で、米国国立標準技術研究所(NIST)が定める標準化に向けて世界各国でロードマップが策定されています。日本でも2035年までに政府機関のPQC移行完了が目標となっており、すでにできるところから徐々にPQC移行を進めていくフェーズに入っています。

「我々はPQCをICカード実装した「PQC CARD®」を開発しましたが、今、世の中で稼働しているシステムは大規模かつ複雑です。そこで絶対に守りたいシステムから移行することになっているのですが、それがPQC移行できても、他の移行前のシステムと通信をしたときに齟齬が起き、互いに認証できなかったりということが起きてしまいます。そこでPQCと今の暗号、どちらにも対応できるハイブリッドな電子証明書が必要です。私たちが開発している『SecureBridge™』はそうしたソリューションです。」

写真:記者の取材に答える山中 寛太②

守りと攻め、量子技術で模索する新規事業の可能性

山中は量子技術について、次のような可能性を感じると話します。

「圧倒的に速い計算に対するセキュリティは重要ですが、一方で、今までのコンピュータではできなかったことができるようになることにも期待しています。」

例えば、今のコンピュータではできない大規模な物質のシミュレーションができるようになれば、材料科学や創薬など、さまざまな分野に大きなインパクトがもたらされるでしょう。また、量子計算は原理的には今のコンピュータで行う計算処理よりも圧倒的に省電力で稼働します。

「周辺装置の電力消費量を加味したとしても、計算時間が少なくなる分、周辺装置の稼働時間も抑えられたり、高効率な発電や蓄電技術を量子計算により開発できたりすれば、相対的にエコになると考えられます。」

セキュリティという守りだけでなく、攻めの部分でも山中の研究開発は進行中です。目下、関心を持っているのが量子機械学習の分野。

「今の生成AIのLLMは莫大な電力とコスト、長い期間をかけて構築されたもの。それを量子コンピュータで1/10、1/100に圧縮できたら、そのインパクトは絶大です。今は基礎研究を積み上げている段階ですが、将来的にはそうしたことも可能にしていきたいです。」

セキュリティ関連ビジネスの事業価値向上を、量子セキュリティによって目指すだけでなく、量子機械学習による新規事業の可能性をも模索する山中。かつてサッカーコートでゴールを守り抜いたディフェンダーは、今、TOPPANの未来を量子技術で力強く下支えしています。

※2026年3月公開。所属等は取材当時のものです。

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