森村吏惟:2013年、早稲田大学先進理工学研究科修士課程を修了後、凸版印刷に入社。事業開発研究部門で、ライフサイエンス領域の新規事業開発に尽力。2018年から3D細胞培養技術を用いた新規がん免疫モデルの開発を主なミッションとし、現在に至る。

3D細胞培養の研究を通じて、TOPPANグループで新しいイノベーションを起こしたい

東京・有明にあるがん研有明病院併設のがん研究会。ここで3D細胞培養を通じた癌治療の研究に勤しむのは、TOPPANグループ事業開発本部総合研究所プロジェクト所属の森村吏惟です。

森村の小さい頃の夢は『発明家』でした。

「子どものころから、『天才』に興味があったんです。凡才と天才の差はなんだろうと思って。色々考えて、やっぱり脳の構造が違いを下支えしているんじゃないかと思ったんです。それで大学では脳、特に発生についてを研究することにしました。」(森村、以下同様)

森村は大学で、ゼブラフィッシュという小型魚を利用した『脳神経の発生分子メカニズム』を研究テーマに選択。その後TOPPANグループに入社し、その知見を活かして3D細胞培養の研究に取りかかります。

数ある使い方が期待される3D細胞培養の中で森村が取り組むのは『がん免疫モデル』を使った抗がん剤の開発支援。がんの新たな治療法として注目され、『細胞医薬』とも呼ばれる、人の体の免疫の系を使った免疫療法に使われるものです。

森村の研究成果は、知的財産化し、ビジネスに応用することも期待されています。

生体内のような環境を作る3D細胞培養技術『invivoid®』

「簡単に説明すると、細胞をバイオマテリアル(生体材料)という接着剤のようなものを使いながらレンガのように積み重ね、立体組織を作る技術です。」

森村は3D細胞培養技術をそう説明します。この技術を使い、森村たちが開発したのが『invivoid®(インビボイド) 』。大阪大学大学院工学研究科の松崎典弥教授とTOPPANグループで共同開発した独自バイオマテリアルによる3D細胞培養技術で、様々な細胞を立体的に制御することにより、実際の細胞組織に近い組織を再現するものです。

実はこの『invivoid®』という名称、これを考案したのも森村でした。

「『in vivo』はラテン語由来で『生体内』、『oid』はギリシャ語を起源とした『~のような』を表す言葉。この2つを組み合わせ、『まるで生体内のような環境を作れるように』という願いを込め『invivoid®』という名称にしました。」

最初のターゲットはがん治療。患者さんのQOLを高める

invivoid®が完成・普及すれば、製薬企業での創薬支援や、患者さんに合った薬の選択する個別化医療に貢献できるようになります。将来的には、肝、皮膚、乳房再建などの医療分野に加え、培養肉などの食分野でも活躍できるでしょう。

この中でも森村が最初にターゲットに据えているのは『がん治療』です。

現代において、創薬の成功確率は3万分の1、期間も10年以上かかる場合が多く、開発は年々難しさを増していると言われています。 創薬のプロセスは、細胞、マウス、ヒトの順で候補薬を絞りこみます。初期段階の評価において人体に近い環境で評価できない為、誤った選定をしてしまい、結果としてヒトの試験で失敗してしまう事が問題になっています。しかしinvivoid®を使えば、3D細胞下、つまり人体に近い環境で適切な候補薬を選定することができるので、無駄な失敗を避ける事が期待されます。

がん治療は、日本の、そして世界の課題。2019年のデータによると日本人の2人に1人が一生のうちにがんと診断されるというデータもあります。

とはいえ、invivoid®が普及してもがんの再発や耐性化までは防げないので、がんを完全に撲滅することはできません。しかし種々あるがん治療薬の中から、患者さんごとに最適な薬を選択できるようになることは、間違いなく患者さんの治療成績やQOL向上に繋がります。」

invivoid®はすでに、マウス実験段階ではその有効性が証明されています。現在はその結果を踏まえ、患者さんの実際のがん細胞をいただき、薬の一致率や品質の均一性担保、条件の最適化といった課題に対応しているところです。今後は国内外の研究機関と共同研究を実施し、invivoid®の有効性を検証・発信していきます。

研究と社会実装、両方手掛けるTOPPANグループ

invivoid®を通じて3D細胞培養の研究に勤しむ森村。ですが研究なら大学や研究機関、製薬会社に所属してもよさそうです。なぜ彼は、TOPPANグループで3D細胞培養の研究を続けるのでしょうか。

「私は『メカニズムに迫る』という科学の一側面が好きで、研究者になりました。でも、私は科学の社会実装にも興味があったんです。普通はどちらかに軸足を置くのですが、私はわがままにも、両方やりたかったんですね(笑)。

確かに、3D細胞培養技術を研究するだけなら、例えば大学や研究機関でもできるでしょう。ただ、そこには私より優秀な人がたくさんいます。そこで真正面から競争するよりは、ちょっと視点を変えた切り口で挑戦したほうが、新しいイノベーションを起こせる、結果的に社会に貢献できると思いました。その答えの一つが研究と社会実装の両立です。

研究も社会実装の両方を手掛けられる企業であること、幅広く新しい事へ挑戦する風土に惹かれてTOPPANグループを選びました。」

3D細胞培養技術を使って、幅広くメディカルや食の問題解決を

現在森村は社会的なニーズが最も高いがんを対象に研究を進めていますが、invivoid®は実に多くの領域での課題を解決できる可能性を秘めています。メディカル分野では再生医療や乳房再建、食分野ではタンパク質危機に備えるため培養肉での活躍も期待されるところです。TOPPANグループは、これらの分野において課題解決するために、化学、機器、食品、AI等あらゆる業界の企業や研究機関と共同研究開発を進めています。

「invivoid®の未来には様々な可能性が待っていますが、私の役目は研究員として、今抱えてる目の前の課題に取り組み、いい技術を作っていく事です。

しかしそれだけで終わってはいけません。いい技術を作り、それをしっかり広めて社会実装するのも、TOPPANグループに所属する私の責務だと考えています。

invivoid®の社会実装を通じて、今までなかった選択肢を増やしたい。少しでも誰かの役に立ちたい。TOPPANグループでそれを叶えられたら、、私は幸せです。」



※2023年10月公開。所属等は取材当時のものです。

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